天気の子(ネタバレ含む)

新海監督の天気の子を見てきた。

 

結論を言うとあんまり好きじゃない作品でした。

 

決して自己満作品ではなく、面白いものを作ろうとしたんだろうなとは伝わってきたので、不快にはなりませんでしたが、いろいろ考える部分は多かったです。

 

なので思考をまとめるため感想を書きたい(決意)

※モロネタバレをするのでご注意ください※

 

 

映画見てきた人向け前提で話を進めていきますが、
この映画のテーマは安く言うと「少年少女の逃避行」だと私は感じました。

ほかにもサブテーマはたくさんあるかと思いますが。

もう少し具体性を持たせると、主人公が好きな人(というか結局は自分のために)、他者を顧みず突っ走り続けるというモノ。(物語の前半は、地元からの逃避行ですが、主軸は好きな人との社会からの逃避行)

このテーマは結構めんどくさくて、そもそも「気持ち悪い・うすら寒い・はた迷惑」と感じる人はいると思います。ただまあ、それは好みの問題であり、作品の構成の話ではないため、とりあえずスルー。 

 

で、「少年少女の逃避行」ですが、これは好みはあれど、そのものはべつにおかしいテーマ/ストーリー/行動ではないと思います。

物語の基本は、「XXをしたい。だからYYをする」という構成になっているはずですし、それが高校生の少年であれば、XXに「地元から逃げ出したい。好きな人と幸せになりたい。」が入り、YYに「ほかの人に迷惑かけても構わねえ!」が入っても、まあそんなものだろう となる為です。

 

ただ、天気の子では下記の要素①②をあまり感じられなかったため、結果として、作品が少し浮いたように見えてしまいました。

 

①キャラクターの行動原理

 (今回で言えば、他者に迷惑をかけられるだけの理由が必要)  

②罪に対する罰

 (罪を踏まえたうえでゴーイングマイウェイした結果体験することになる苦味。

 実際的な罰だったり、自分の中で取り返しのつかないことになるなど。

 

順番に書きます。

①キャラクターの行動原理

基本的に鑑賞者は、主人公に感情移入するものだと思います。

その際、「自分だったらこうするだろう、これが正義だとおもって行動するだろう」というルールから大きくそれてしまうと、感情移入はうまくいかず、あまり良い体験にはならないはずです。

主人公が不気味に思えたり、作品自体が安く見えてしまったり。

(自分から遠いところにあるものは、何でも安っぽく思えるのではないでしょうか。)

なので、キャラクターの行動原理、特に主人公の行動原理は極めて重要だと考えています。

 

※ゲームでは遊び手が自分の意志でキャラクターを動かせる余地がある為、

行動原理をコントロールしやすいですが、映画や漫画などは受け手が介入できないため、ほっておくと主人公がサイコパスになりやすいので難しそうだと常々思っています。

 

雑に言えば、軟派なキャラが

「早く彼女の家でラブラブしたいから車をかっ飛ばす」のは許せても、

普段まじめなキャラがそれをするのは気持ち悪いと思うのです。(行動原理がおかしいから)

 

「君の名は」はその辺がうまかったので、同じ恋愛モノをやっていても

「こいつら何やってんだ」とはならなかったのだと思います。

 

天気の子に話を戻しますが、今作の主人公の行動理由は主に以下の2つであるようでした。

A.地元が嫌で東京で暮らしたかった(逃げてきたかった)

B.好きな子と幸せに暮らしたかった/また会いたいと思った

前述しましたように、主にAは物語の前半の要素で、ストーリーの進行とともにBに移っていったように思えます。

 

結論から述べますと、引っかかったのはAの行動原理です。

 

A.地元が嫌で東京で暮らしたかった(逃げてきたかった)

これ自体は、起承転結の「起」に非常に適したものだと思っています。

新天地でどうのこうのする というのは親だったり、地元の友達だったり、過去のことだったり 本筋に関係ないことを演出しなくていい=描かなくても許される からです。

(ラノベなどで、主人公の親が死んでたり、単身赴任だったりするのと同じ)

 

実際、単品の映画の中でメインテーマから逸脱した内容に演出を割くのは無意味です。

(長期連載のストーリーであれば、サブの要素は演出になっていくかと思いますが)

 

ただ、これを行動原理とするところまでは問題ないのですが、実際に用いるにはいくつか演出が必要だと思っています。

なぜなら、おそらく普通の高校生はなんとなくAをしたいなあと思ったりしても、実際に行動を起こすことはできないからです。

仮に自ら行動することができたのであれば、その人は非凡ですし、相当強い意志を持っているはず。(であればその「強い意志」の演出をする必要がでてくる)

 

なので、Aの行動原理と行動を使うのであれば、それなりの流れが必要になるはずです。

いくつか考えてみます。

 

・知らない人との出会いによって、主人公が感化される/強引に連れ出される

要は、キッカケを他者にゆだねて話を進めてしまうタイプ。

人間は流されるのは容易なので、このタイプであれば、多くの人間は①を実行することができるはずです。

もちろん決意する際に主人公の意思は必要となりますが。

この場合、受け手は 等身大の主人公と自分を重ねて作品を楽しむことになります。よくある少年漫画の成長モノ。

ただ、これは「だれかとの出会い~それによる主人公の変化」の過程の演出をする必要がある為、少し手間であります。(尺がもったいない)

  

・主人公は並々ならぬ精神力を持っていて、常に自分の心の動きに従う

ジェイソンステイサムがやりそう

この手の主人公を使うと、話がとてもスムーズに進みます(全部ぶっ壊すぜ!)

この場合、受け手は、等身大の主人公と自分を重ねて作品を楽しむのではなく、

「うわー俺もああなりてえなあ!」とか

「ああいう生き方しびれるなあ!」というカタルシスの開放をもって、作品を楽しむことになるかと思います。 

 

ただ、天気の子の主人公ですが、とてもステイサムになれるようには見えません。

どちらかといえば、等身大の高校生に近い感情の描かれ方をしていたと思います。

出会った可愛い女の子を好きになったり、銃を発砲して激アセしたり、大人の女性にエロスを感じたり、ちょっと悪そうなオッチャンの家で雑用をやらされつつ居候、でもその状況に幸せを感じていたりなどなど。

 

もちろん、発砲したり、ちょっと悪そうなオッチャンの家で居候する高校生なんてめったにいないと思いますが、そういうことではなく、その状況で「悪くないかも」と感じるのが等身大の高校生の感情ということです。

 

受け手は、この時描かれている像に従って、主人公の行動原理ベースをつくっていくのだと思います。

なので、今回の場合、そういうありがちっぽい高校生として描かれているキャラであれば、「ガチで切羽詰まった原因」がない限り、島から出てまで家出するという行動をとるのは「おかしい」と受け手は感じてしまうはず、です。

 

逆に言えば、

「漠然とした理由」で離島から家出する などをキャラに許してしまうと

後々のキャラクター性の演出で困ると思うのです。(一発で等身大の高校生像から遠ざかるから)

これがジェイソンステイサムでオッチャンを即ぶっ飛ばし、全部の女を抱いていたなら、「つまんねえから家出してきた」となっても、理解できる。

 

この時取れる択は主に二つだと思います。

①主人公をステイサムに寄せる

②主人公が家出するに値する理由を用意する(しかものちのキャラ演出とぶれない)

 

まず①ですが、多分これは無理です。

天気の子 では逃避行の末に少年が少し成長する/また、それは等身大の人物像にしたい(そのほうが広く共感を呼ぶから) という流れはやりたかったと思うので、そういった面からみてステイサムタイプとは相性が良くないですね。

後者においては、基本的に主人公は成長するものではないからです。

(したとしても、それは実際の成長ではなく、むしろ現状の甘えを脱ぎ捨てて、過去のさらにキレてた自分を取り戻す というタイプなのではないでしょうか)

 

で、②ですが、これはそこまで難しくないんじゃないかと私は思っています。

「東京での暮らしは現状より明らかにメリットがある(家出することによるデメリットが、現状のデメリットを明らかに下回る)」演出をしてあげればいいと思うのです。

(凡人がでかい行動をとるためには、「明らかな打算」が必要。打算をせずに行動するとステイサムになってしまう)

 

例えばすごい雑ですが、

「両親が離婚調停中の裁判をしており、家庭は荒んでいる。それがとてもとても嫌で東京まで逃げてきた。」

とかであれば、

・愛情や温かな居心地に飢えている

・優しい性格をしていて、不和の環境にいることが苦しい

・自分は好きな女の子を頑張って守りたい

などのキャラクター性を演出でき、オッチャンのところで居候の話や、

物語後半の少女との逃避行などにおける行動原理と行動のバランスをとることができるんじゃないでしょうか。

問題は尺ですが、こういった話を演出するのはそんなに難しくないはずです。

(多分、5分も尺要らない。おそらくセリフすらない回想だけでも、「ああそういう事情があったから東京まで逃げてきたんだな」と受け手は分かるかと思われます。)

  

何にせよ、「家にいたくない/いられない理由」と劇中で描かれている主人公像が合致していないといけないはずです。

天気の子であれば、どちらかというと「地元にいるデメリット」により、仕方なく東京へ出てきたという理由のほうがあっていると思います。

(東京で暮らしたいから東京へ来た だと、メリットによる行動になるので、

どうしてもオラオラのベンチャー系に思えてしまう) 

 

 以上、主人公の行動原理でもにょった話でした。

 

B.好きな子と幸せに暮らしたかった/また会いたいと思った 

は、男の子ならみんなそうだとおもうので良いです。

そんなこと思わねえ!と思うのは、相手の女の子がブスだからだと。

 

 

②罪に対する罰 

主人公は受け手が許せる存在でないとダメ という話です。

あまり論理的ではなく、感情論ですが、

「あれもこれも手に入るお話」はあまり面白くないと思っています。

ある程度の取捨選択が起きるからこそ、のこった平穏に魅力が生まれるわけですし、受け手としても「なんか俺一歩大人になれた気がする」となるわけです。

ジュブナイルものでよくある、「若さゆえの、取り返しのつかない痛み」による

独特の感傷みたいなやつですね。(化物語神原駿河のエピソードもそんな感じだった気がします)

 

それがないと、主人公(=共感する自分)がずるい存在のように見えて、

感情移入の流れを阻害してしまいます。

 

 

天気の子では、ヒロインを助けるため、主人公はかなり暴走しているように思えました。

発砲するわ、二輪チェイスするわ、警官ぶん殴るわ、なかなかのツワモノです。

 

こういった非日常のムーブ(違法行為)は加速感を生むので、良いと思いますが、

それをしたのであればそれなりの結果(罰)は受けてほしいと 個人的に感じました。

もしくは先に虐げられた環境から始まるとかですね。

 

コードギアスでは、虐げられた環境から始まって、最後は罰を受けているので、

劇中で悪いことをたくさんしても「ルルーシュがんばぇー」となるのだと思っています。(劇場版はよくない)

 

 

ただ、天気の子では恵まれた環境から「あれやりたいこれやりたい」を押し通して、

「あれもできたこれもできた」になっているので、何とも言えない後味の悪さがあります。(ヒロインは助けられたし、大学を機に東京に住めている)

 

 

まあ、おそらく、東京沈没(nier:automata)が作り手の用意した罰なんだろうなとは感じましたが、ぶっちゃけこれは世界規模での罰になってしまっているので、

あまり主人公が罰を受けたように思えないです。

(保護観察うんぬんに関しては描写すらされていないので、罰にとらえることは難しい)

 

この結果を罰として演出するのであれば、

私は東京が沈没した絵を見せた状態で、映画を〆にするべきだったと思いました。

 

主人公がその後の世界で、どういった心境で生きていくのかということをあえて伏せて提示するほうが、まだよかった気がします。

(警察に捕まったのかな、沈没した世界で後悔しているのかな などなど考える余地は生まれると思います)

 

実際は、現在の東京の状況へのフォロー(沈没している東京も悪くない などのエピソード)が入っていたりなどしている上に、

「やっぱ女の子助けにいって正解だったんゴ。これから幸せに生きるんゴ」となっているため、主人公が一人勝ちしたように思えて気持ち良くありませんでした。

 

オメーのせいで東京沈没してんじゃねーか!となりつつ、でも本当に大切なもの(ヒロイン)は守れました とかでも、まあ許せたかなあと。

(とはいえ、責められたりする描写はあんまり気持ちよくはないと思うので このパターンはやめたほうがいいと思いますが)

 

あと蛇足ですが、もう一つもにょったのは、ヒロインを消したのは警官でも誰でもないことです。

むしろお天気パワー使いまくった主人公のせい

これが例えば、ヒロインが警官に連れていかれたので助けに行く!とかなら、

警官を殴ったりしても「まあ、ね」とはなります。

お話を見る限り、警察はマジで何も悪いことしてないので、さすがにそれはどうなんだ。。となってしまいました(髪の毛むしられた警官かわいそう)

 

 

以上、天気の子を見た感想でした。

※I MAXで見ましたが、音や作画などはとてもよく、2400円払う価値はあると思いました。

 

PS.小栗旬さんめちゃ演技上手いですね。